猫みたいに生きようぜ◎

すずにゃ は じぶん を ぜんこうてい した!

惨めな現実と対峙しました。

 

ふと手にしたヒグチユウコさんの

「いらないねこ」

猫になりたいぬいぐるみのニャンコが、

捨てられていた子猫を連れ帰り、

お父さんになります。

いろいろあって離れ離れになって、

家出してきた子猫とまた出会い、

今度はきちんとお別れできた...

というお話です。

 

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捨てられていたのも悲しかったけど、

家出してきた子猫が、

「ぼくはいらないかわいそうな猫なんでしょ」

ってわーんと泣くシーンがあって、

本屋で立ち読みしてたのに、

号泣してしまいました。

 

子猫にはニャンコや猫の仲間たち、

新しく引き取られた人や

その家の猫たちに愛されていて、

そのことに気付いた子猫は、

ニャンコときちんとお別れできました。

でもニャンコはお別れのあと、号泣して...

 

本当はいらない子だったんだと知った

子猫の悲しみと孤独感。

 

ニャンコと子猫の

大切に思うから、別れには痛みを感じ、

大切に思うから、それでも手放す。

その痛みと愛のハザマの気持ち。

 

それが言葉にできないくらいに

湧き上がってきて、

そのまま購入しました。

何度読んでも号泣。

 

同じように虐待されて、

いらない子だと言われ続けてきた

わたしには誰もいなかったから、

そのときの辛さがよみがえる。

でも子猫にはいてよかったねと

思うあたたかさもあり。

 

大好きなのに離れなければならない痛みと、

愛があるから手放して離れる勇気と。

いろんな痛みと愛が露わになりました。

 

でもたくさん泣いているうちに、

わたしはとても純粋で、

美しくて、優しくて、

愛が深い女性なんだなと、

そう思いました。

 

辛くて寂しくて悲しくて、

ひとりぼっちの気持ちが

よーくわかるから、

そんな気持ちになって欲しくなくて、

男性を助けようとしてたんだな。

 

でも本当は、

わたしが助けられたくて、

自分をぎゅっとしてあげる代わりに、

相手の寂しさをぎゅっと抱きしめてあげてた。

 

インナーチャイルドのわたしちゃんを

たくさん癒してきたけど、

甘やかしすぎちゃって、

わたしに対してクレクレ星人に

なっていたからお説教をし、

わたしも拒否ができるようになったのだけど、

わたしがわたしを持ったことで、

わたしちゃんも素直になって来ました。

 

きっといままでの癒しは、

上澄みだけだったのかもしれない。

わたしもわたしちゃんも、

自分を持たずに相手にごめんねって

言い合ってるだけで、

根本的に癒されてたわけでは

なかったのかもしれない。

だからクレクレ星人になっていたんだ。

 

うん、まだきっとそこまで

自分の愛し方がわからなかったんだ。

でも以前よりもっと、

自分を愛してあげれるようになった。

 

自分の意思を持ち、

嫌なことには嫌といい、

時には相手に苦言を呈す。

それは相手に対して心を開き、

素直になる勇気。

相手と本当に愛し合うには、

心と心のぶつかり合い、

コミュニケーションが大事。

 

そして相手にしてあげたいことは、

自分にしてあげたいこと。

寂しさをぎゅっとしてあげたいのなら、

相手にではなく、自分に。

 

自分を愛することと、

相手を愛することは、

同じだね。

自分の愛し方と、

相手への愛し方は、

まったく同じなんだね。

 

わたしがわたしを

抱きしめてあげようと思って、

号泣する自分に、

ナデナデトントンしてあげました。

コトバは不要。

とても穏やかになりました。

 

きっともっと深く愛せるように

なるのだろうな。

こうして自分をもっと知り、

自分をもっと深く愛せるようになる。

相手のことも同じように。

人生ってその積み重ねなのかもしれないな。

 

誰も味方がいなかったあのときの気持ち。

何度も繰り返していたあの気持ち。

誰も味方がいなく、相手から責められ、

ひとりぼっちになり、

なにも言わず自分の中にとどめて抑圧して、

シャッターを閉めるしかなかった自分。

その痛みと悲しみを

ぎゅっとぎゅっと抱きしめたあと。

 

ふたりとも手を取り合って、

恋愛と男性心理、

自尊心、潜在意識について、

改めて学習し直して

きちんと現実を直視しました。

 

ほんと惨めで、辛かった。

悔しかった。痛かった。

心がえぐられました。

 

でもその都度、わたしがわたしに、

ナデナデトントン。

大丈夫だよ、相手の本気の

見極め方がわからなくて、

進め方を間違えちゃっただけ。

わたしに欠陥があるわけじゃない。

方法を知らなかっただけだよ。

だから、きちんとここで血肉にしてこ!

 

そして改めて、彼の本気以外、

反応しなくてよかったのだなと思いました。

それが自分のためであり、

さらには相手のためでもあるのだと、

はじめて思えるようになりました。

いままで無視したり反応しないことに

罪悪感を抱えていたので。

(ひとりぼっちの時の痛みが発動して、

相手に投影していたのですね)

 

そしてどんなに浅はかで、

バカな選択をしたのかを痛感しました。

最初から自分で惨めな方に舵を切っていた。

まるで惨めになりたいかのように。

 

だから見切れてよかった。

本当によかった!

 

もうわたしは自分を軽く扱わない。

自分の感じる自尊心に

自信を持っていいんだと思えました。

それに自分も相手も大切にしたいから、

相手の本気のみに対応して、

すぐに関係を持たないことに決めました。

 

とても初歩的な見極めの段階で

間違えてたんだな。

その間違えに気付かなかったのは、

自分の感じることに自信がなかったから。

自尊心に自信がない。

それって自分がないのと一緒。

 

自分がない状態で、

わたしちゃんに接してたし、

わたしちゃんも自分がない状態で、

わたしに接してた。

もちろん相手にも。

 

でも、どこにもないわけではなくて、

あるのに懸命に隠してただけ。

本当はわかってました。

彼は本気ではないことも。

わたしが自分をぎゅっとしてあげる

代わりに彼をぎゅっとしてあげてたことも。

それに彼が甘えていたことも。

彼を信用に値しない人と評価してたことも。

わたしが自分で価値を下げて

とても惨めな思いをさせてることも。

 

みんなみんな、わかってました。

ほのかに感じてた惨めさが、

完全にでて来た瞬間、

隠してきたことが流れ出て来ました。

 

これがわたしの本心でした。

それがわかったのなら、

わたしが望んでいる方向に、

自分でしてあげるだけ。

 

ナデナデトントン。

大丈夫、見極め方も愛し方も、

少しずつ身について来てるから。

ナデナデトントン。

長らく勉強して来たことが、

活かせなかったけど、

でもこれで腹落ちしたね。

大丈夫、大丈夫。

 

これだけ純粋で優しくて、

美しくて愛が深いのだもの。

そして数々の惨めさを

引き受けることができるくらい器が大きく、

きちんと許しに持っていける、

本当は強くて大きな人。

 

次は必ず大丈夫だよ♡

それまで自尊心やわたしを、

もっと「ある」にしていこう♡

 

わたしをもっと愛するには

どうしたらいいのだろう?

わたしをもっとしあわせにするには

どうしたらいいのだろう?

 

そんなふうに問いかけはじめました♡

そういうふうに思ってもらえるのって、

なんだか嬉しいし、楽しい♡