猫みたいに生きようぜ◎

すずにゃ は じぶん を ぜんこうてい した!

惨めさ撤回活動は、いままで虐げて来た人たち、それを拒否できなかった自分への復讐だった。

 

いままでやっていた

過干渉及び、

人を責める人を見下す、

可能性を信じようとするなど、

尊重してほしい、

与えた愛を取り返すとキレイに表現していた

惨めさ撤回活動は、

惨めな立場に置こうとする、

彼への復讐でしたなw

 

suzunya.hateblo.jp

 

とゆーか、

いままでわたしを見下し、

虐げて来た人への復讐。

 

もとい、

それに対して、

NO!と言えなかった

自分への復讐。

素直な気持ちを言えなかった

自分への復讐。

 

それは

なんにもならないのを知っていて、

気付いてやめようとするけど、

「惨めなかわいそうなわたし」

という古い価値観、

インナーチャイルド

思い切り引っ張られる。

 

よくよく考えれば、

本意に反して迎合し、

「惨めなかわいそうなわたし」

になるような選択をしているのは自分なのに、

違和感を感じるわたしや

NOを言いたいわたしを表現するのが怖くて、

なるべくNOを言わないで済むように、

相手にNOと言わせたり、

惨めになることを

自分や相手の至らなさのせいにして、

改善に取り組んだり。

 

でも本当はシンプルなことでよくて。

自分の違和感やNOを信頼して

ただただ表現すればよかっただけ。

 

そうすれば惨めでかわいそうなわたしを

簡単に回避できたんだ。

それをも乗り越えて

わたしに虐げようとする人からは、

もはや逃げていい。

 

まぁ、ね。

わたし虐待されてたからね、

そうなってしまうのも仕方ないのですが。

違和感やNOはすべて

わたしのワガママで、

ぶん殴られて来ましたからね。

 

でも、そこはもうなんともなくて、

ただただ違和感やNOを言わないことで

自分を守って来ましたから、

その習慣が残ってしまってるんです。

 

インナーチャイルド

古い価値観ですなw

しかしこれは、

自分に対してとても不誠実ですw

 

だから、もっともっと

違和感やNOを言うことに慣れてよくて。

訓練中のわたしです。

 

例えば恋活アプリで、

既婚者・彼女持ち断りと書いてるのに、

「プロフ見ましたー」と

絡んで来ようとする人に対しては、

「既婚者お断りです。

きちんとプロフ書いてるので、

よくお読みくださいね」

と言うようにしていたりw

 

どんなにイケメンでも!笑

別にスルーでいいのだけど、

練習のためにぶった切っています。笑

 

この間の愚痴問答の件も、

「感情のゴミ箱にするのもされるのも嫌。

本当に変わりたいなら相手する」

と、わたしの素直な気持ちを表現したら、

理解してもらえ、

なにか背中を押せた状態になった。

 

あとこのあいだ、

理不尽な理由でわたしのせいにされたときは、

「知らない」

とぶった切ったら、

責任転嫁は止まった。

 

ちょっと心のシャッターは閉まったけど、

この人自分を否定された気がして

不安なんだなーと引いて

スルーしてたんだけど、

 

「どうせわたしできますって言ったんでしょ!」

 

(言ってねーし。

というか、急ぎで欲しいと

言われたからその旨伝えただけなのに、

なに不安になってんだ?ww)

 

止まないので、咄嗟に出た言葉が

「知らない」(そっぽ向いて)w

 

「それ、不快」でもよかったし、

「勝手にわたしのせいにしないでくれる?」

でもよかったなw

 

とまぁ、

✨かろうじて感情のゴミ箱を✨

✨回避することができました✨

 

あなたのゴミは自分で片付けてね!笑

 

どうも、わたしは

「なんでも受けいれてもらえそう」

見られることが多く、

こういう失礼だったり、

敬意がなかったり、

ただのゴミ箱になることが多かったです。

 

なぜそう見られてしまうのかといえば、

そもそもが

 

相手のことを受けいれないといけない

従順にならないといけない

自分の想いは慎まなければならない

意志をもってはいけない

 

(その裏側には、

わたしもしてるんだから、

みんなも当たり前にしてるよね、

という勝手な常識が生じます。)

 

となっており、

 

なぜならば

わたしは

間違っているから

わたしは居ては

いけない存在だから

 

という前提だったからです。

虐待から自分を守るために

そう設定しちゃったのね。

 

でもコレ常に虐げられることを

前提にしています。苦笑

 

そんで、虐げられている自分を、

 「惨めなかわいそうなわたし」

と評し、苦しんで来たんですね。

苦しいし、わたしだって想いがあるんだって、

相手を正したくなり、復讐しようとする。

 

NOや本音を言わない方法でw

 

なので、相手のために!とか、

こうしたら幸せになれるのに!

と思いこんで、善人面で

アドバイスをする。爆

 

でも、私の中には確実にわたしの想いはあり、

わたしにとっては正しいという想いもあり、

受け入れたくないこともあるわけです。

 

それを表に出せば解決できたのに、

表に出すことは相手を否定することになるので、

怖くてできなかったんですよね。

 

だから自分に不誠実な対応をしてるのに、

かわいそう、ごめんねと同情しかできず、

行動が変わらないので前提は変わらず、

虐げられることは終わらなかった。

(まるで彼じゃんかww)

 

子供の頃、みんながある子の

悪口を言っていたんだけど、

わたしだけが言ったことになっちゃったの。

裁判します!とかされてさ、

まるで罪人だったよね。 

 

でも、わたしは間違ってて

存在しちゃいけない人だったからさ、

その罪悪感から、

黙って受け入れてたよね。

それは怒っていい場面だったのに。

 

ブチ切れて、

ある子の弱い者いじめを

繰り返しているところや、

自分が悪者にならないように、

みんながわたしのせいにして逃げていることを

責め立ててよかったし、

大人の誰かを呼んだってよかった。

暴れてもよかったなw

 

なのに、黙って受け入れて、

わたしが悪いことになっちゃった。

 

そういう小さな冤罪を

拒否しなかった積み重ねが、

わたしはなにをしてもOKだし、

怒ったり責めたりして

詰め寄ればどうにかなるいう、

スキとオーラを作っちゃったんだよね。

 

ここは改めない限り、

ずっと続く。

 

そこでね、長年、

わたしは

間違っているから

わたしは居ては

いけない存在だから

 

という前提を変える努力をしてきてね、

だいぶ自分を肯定できるようになりました。

 

そのおかげで、

NOと言うこと、違和感を伝えること、

わたしの感情や意志を伝えることに、

だいぶハードルが下がったんです。

 

相手のことを

受けいれるか

どうかはわたしが決める

自分の意志や想いは

持って当然だし、

それを思い切り

表現していい

 

その結果、相手に憎まれても、

分かり合えなくても大丈夫。

大事なのはわたしが心地いいかどうか。

 

もちろん反省する点は受け入れるけど、

それすらも自分で決める。

 

そうしていくことで、

「NOを言えなかった」

「素直な気持ちを言えなかった」

自分へ復讐をする意味がなくなる。

 

NOを言えるようになって、

素直な気持ちを言えるようになれば、

他人からNOを言われても、

わたしとは相反することを言われても、

自分もそうしているのだから、

おおらかな気持ちで捉えるようになり、

自分が間違っているのではと

ひるみ、反応することはすくなくなる。

 

そして虐げようとする人は拒否するから、

周りからいなくなるし、

お互い敬意を持って接する関係が増え、

わたしも心地よく、もっと自由になる。

 

ほんとね、溺れてたけど、

本当は足がついたんですよね。

 

NOや気持ちや意志を

きちんと伝えること

キーだったのに、

そのキーは使いたくないです!

ってドアをガチャガチャ開けようとして

開かなくて怒ってたw

このドア壊れてるんです!

おかしいんです!ってwwwww

ほんと一人コントw

 

でもほんと、この仕組みがスルスル解けて、

ドアがパカっとあいて、

ずっと戦っていたことから解放され、

安心感が半端ないです。

 

気付けてよかった。ほんとに。