猫みたいに生きようぜ◎

すずにゃ は じぶん を ぜんこうてい した!

自分がされて嫌な扱いを、自分の肌にしていたことに気付いたわけで。

 

実はお肌がずーっと不調で、

このところほんと大変な感じです。

ニキビにかゆかゆ。

もともとアトピーにアレルギー持ちなので、

肌は一番のコンプレックスでしたʕ•̀ω•́ʔ✧

 

え、そうなの?!と思われるかもですが、

メイクと美肌アプリのおかげで

なんとかなってまして。笑

便利な世の中w

 

いろいろ試行錯誤・紆余曲折しましたが、

最近行き着いたのが、

ケアしすぎ洗いすぎ、

腸が不腸なのかも!?

ってところ。

角質培養とかも理にはかなってるけど、

これも当然やりすぎもよろしくない。

 

ということで、

化粧品を出して結果も出している、

とある美肌コンサルさんに行き着きました。

 

まだこの化粧品を試してはないのですが、

ほんとに唱えてることは納得できて、

改善していってるのがわかったので、

直感で、これやろう!と思い、

相談メールを送って

やりとりしてるところです!

 

でわかったのが、

何においても、

菌を殺しすぎだったようで。。。

次亜塩素酸水もダメで、

肌には悪玉菌を増やすpHだったw

 

こうしてやりとりしたり、

コンサルさんのブログを読んでみたりして、

改めて自分の自分に対する「扱い」

と肌が訴えかけてる「願い」

が浮かびました。

 

一応ね、自分でワーク的なものをして、

肌が不調でいることの

心理的なものを導いてみたけど、

やっぱり同じでした。

 

それは。

 

「信頼してほしいのに、

 信じてもらえない。」

「尊重してほしいのに、

 尊重どころか権利もない。」

「可能性を見てほしいのに、

 ないと決めつけられてしまう。」

 

ああこれすごく反応する案件。笑

 

だからわたし、人に対しても自分に対しても、

信頼していたいし、されていたい。

尊重していたいし、されていたい。

可能性を見てたいし、見てほしいんです。

 

強く強く求めるものです。

コアから来る外側への願いです。

 

これがわたしからの外側への願いなら、

肌からのわたしへの願いと同じだな、と思いました。

わたしは自分の肌に対して、

不調な状態の肌を信頼せず、

肌の自主性の尊重も権利も奪い、

肌がキレイになる可能性を

ないと諦めていたのです。

 

自分に対してしてる扱いは、

どこかで外側にも出るわけで。

 

例えば元彼。

悩みから目をそらしていた彼を信頼せず、

彼の自主性の尊重も権利も奪い、

彼の成長の可能性をないと諦めてる。

 

この逆で信じてるときもありますけど、

こういう思いになることもまだある。

まだ信じきれてはいないんだと思います。

 

または母。

考えていることがわからないわたしは信頼されず、

わたしの自主性の尊重も権利も奪われ、

わたしの可能性をないと諦められている。

 

こないだのダメ人間にされる!

とおかんむりだったのは、

この願いが絡んでたからなんですよねぇw

ぴったんこ。

suzunya.hateblo.jp

 

ま、母のことを説明すると。

 

母はすごく心配症で、

口を開けば疑いの言葉。

してくれない!のクレクレ星人。

ダメ出しのオンパレード。

な、ゆえにわたしは信頼されず、

過干渉をされてきました。

 

わたしは鬱陶しくて、

静かに穏やかに

マイペースに過ごしたいのに、

わちゃわちゃうるさいわけですよ。

だから母を避けて来ましたし、

近寄らないように、

母のようにならないようにして来ました。

 

でもま、わたしにも母のような性質は

この人から産まれ、

この人に育てられてるので、

バッチリ受け継がれているわけで。笑

その性質を頑丈に

抑圧してきたのであります。笑

 

それで生きづらくなって、

ここ10年以上、

いろいろ心理を学んだりしました。

 

最終的に5年前くらいかな、

「悪い人たちに洗脳されてるんじゃないか?

悪い道に進んでしまうのではないか?」

と、友人たちにもわたしにも

かなり失礼な疑いをされたことで、

 

「わたしそんなに信用ならない?

そんな判断もできない、

自分の責任も取れないように

あなたはわたしを育てたの?

そんなに自分の子育てに自信ないの?

わたしはそんなヤワなわたしに

育ったつもりはない!

自分の子を信じなさいよ!

わたしに対しても友達に対しても、

勝手に決めつけて、失礼だよ!」

 

とブチ切れたことで、

母はわたしを疑うことで

自分を疑っていることに気が付き、

ある程度の距離感を保つようになりました。

 

まぁ、心配症は辞める選択は

しませんでしたけど、

きちんと距離感を持つようになりました。

出かけるときは、

相変わらずいつも当たらない天気予報を

提供してくれます。笑

いってらっしゃいのタイミングも

早すぎるときもあります。笑 

 

とまぁ脱線しましたが、

 

母と同じく、

わたしにも心配症で過干渉な部分はあるわけで。 

それとは反対の状態をコアでは望んでるのに、

自分の肌に対して

「どうせ自然治癒とかできないんだから」

あれこれ対処して過干渉をやっちゃってたし、

他人に対しても過干渉をやっちゃうことがある。

現に母にされた

「どうせあなたはできないんだから」扱い

を彼にやってたよねw

 

でもね、そんな不信感でいっぱいで、

心配症で過干渉な部分を

嫌っていたけども、

「わたしを信じて!尊重して!」

ではなく、

「母自身を信じて!尊重して!」

と母にキレたことで、

あってもいいなって許せたんですよね。

 

ずーっと「わたしは嫌!」

と言い続けてきたのに、

何も変わらなくて、

「母自身を尊重して!」

って言ったらおさまった。

 

自分自身を尊重してほしい。

 

ずっとわたしが、母にしてほしかったこと。

母に母自身にしてほしかったこと。

わたし(わたしの中の母)が

わたしちゃん(わたしの中の子)

にしてほしかったこと。

わたしちゃんもわたしにしてほしかったこと。

わたしの肌もわたしにしてほしかったこと。

 

母の不信感がいっぱいで、

心配症で過干渉な部分は、

裏を返せばわたしのことを大切に思っていて、

でも自分の育て方が

自信なくてしかたがなかったから。

 

そして悪い方にばかり切り取る癖で

そうなっちゃっただけで、

悪気はないのです。 

ただ、悪い方に切り取ることしか

知らなかっただけで。

 

わたしも母と同じでした。

本来楽天的で良い方に切り取れる素質はあるのに、

悪い方に切り取る環境しかなく、

そういうことしか教えられず、

自動的にそうしてきただけで。

 

 

肌に対しての自分の扱いが、

まるで過去の母のように過干渉をしていて、

過去のわたしのように、

肌が信頼されない悲しみから、

自分を責め、衰弱していた。

 

おんなじだ....。

 

心の底から、反省と納得をしたのでした。

これからわたしは、

あれこれ心配しての過干渉をやめ、

自分の肌がどう変化しようとも尊重して、

肌の再生力を信じてこうと思います。

 

一時的に汚くなるかもだけど、

それでもOKしていこうと思います☆

 

こういう気付きや思いも共有できて、

ただテクニカルな部分だけじゃなくて、

肌も心も同じであることを気付かせてもらえて、

きちんと伴走してもらえる。

いいコンサルさんに出会えてよかった!

 

足すケアではなく、引き算のケア。

ほんと心や人生と同じことだな。。。