読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

猫みたいに生きようぜ◎

すずにゃ は じぶん を とりもどした !

批判されて、こんなふうに思える日が来るだなんて。恐怖に怯えていたわたしはどこへ。笑

 

いや~、

批判されることにめっちゃ怯えてたんですよ、

わたし。

 

ってか誰でも嫌かぁ!笑

 

批判されると、

咄嗟に自分消しちゃうくらい、怯えていたんです。

フリーズしたり、無になったり、

シャッターおろしたり、

その人の前からいなくなったり。

(バリバリ後者だなw by 心屋さんの前者後者論 )

 

それが全くの誤解でも、

勝手なイメージでも、

一理あることでも、

心底恐れていて。

弁明することは一切なく、シャッターガラガラしていました。

 

批判される=嫌われる=死

だったしね。

 

あとになって、

くっそー!と思ったり、

一理あるなと反省したりするんですけど。笑

 

で、「その場で言えない」「自己表現できない」

ってことが、さらに怯えるサイクルの原因だなって思って、

逆になるべくその批判の渦中に

居続けて見たんですよね。笑

 

批判されて

心の中のシャッターがおりても、

意識的に身を置いて藻掻いてみた。

 

そしたら。

 

慣れました。笑

 

よくよく本質見てみると、

批判って、

まぁ、一理ありそうなことを、

すんげー大きく拡大して、

いろいろその人の価値観をくっつけたり、

攻撃したりして、

お前は自分と違う!って言ってる。

 

で、自分は正しいんだって安心してる。

 

ってことは実は不安

 

そう見えた時、

なんだ、怖くないじゃん。

と思えるようになりました。

 

で、そこで先日!

来ましたよ!

こことは全然関係ないところで、わたしへの批判!笑

 

①その言い方だと勘違いする人がいる!

 → 一理ある

②そのまま勘違いして実行してしまった人がいたらどうするの!

 → 一理ある

③それを実行した人はぜんぜん美しくない!

 → 美しくないのはその人の価値観(しかもそもそも誤解)

④あなたにその名前はふさわしくない!

 → わたしの名前はどうのは全然関係ないw(しかもそもそも誤解)

⑤この場所が下品な場所ならいいんですけど!

 → それは人によって変わってくる価値観(しかもそもそも誤解)

 

なので、①②は一理あったので謝罪し、

誤解を解くための解説のみお返事しました。

③④⑤はまったくわたしには責任の理由がないし、

しかもそもそも誤解なのでスルー。

 

多分、批判におびえていたのは、

付属の拡大したその人の価値観や攻撃に対してであり、

③④⑤に敏感に反応していたんですよね。

 

そして不快にさせてしまった自分に、罪悪感を感じて。

でも、その罪悪感は相手の目的に沿ってしまっただけ。 

本当に罪人なのか?

いいえ。

わたしがわたし自身を信じてるからたとえ罪人だったとしても、大丈夫。

そういう安心感がありました。(NOジャッジ!)

 

③それを実行した人はぜんぜん美しくない!

 → 美しくないのはその人の価値観(しかもそもそも誤解)

 → 【目的】わたしの言動が原因で他人に
   不適切な行動をさせてしまうよ!という、
   わたしが罪人になるという脅し。

 → 【解決】ちゃんと説明すれば、それは誤解だという
   ことも自ずとわかるし、不適切なことはわたしも
   勧めるつもりがない人間である。
   それなりの常識と人間性はあるはず。

 

④あなたにその名前はふさわしくない!

 → わたしの名前はどうのは全然関係ないw(しかもそもそも誤解)

 → 【目的】わたしの人格否定。

 → 【解決】誤解を解説すればふさわしいかどうかは自ずとわかる。
   しかもそもそも名前は関係ない。笑
   わたしのことを嫌いなら、それでいい。受け入れOK

 

⑤この場所が下品な場所ならいいんですけど!

 → それは人によって変わってくる価値観(しかもそもそも誤解)

 → 【目的】わたしがその場所を汚しているという罪人攻撃。

 → 【解決】えと。誤解なので。自ずとわかる。

 

たぶん、批判にモメるときって、

この③④⑤に反応して、

感情的に言い返したりするからだと思う。

罪人なんかじゃない!(罪人はダメだというジャッジ)と

疑いを晴らそうとすればするほど拗れる。

 

では、実験的に

感情的に言い返してみましょう!

 

③それを実行した人はぜんぜん美しくない!

 → 「そもそもこれやろうとする人なんて馬鹿じゃない?
    そんな人なんかいないわよ。あなたこそ誤解してる!
    よく聞いて!」

 

④あなたにその名前はふさわしくない!

 → 「わたしの名前はどうのは全然関係ないわ!
    わたしがどう名乗ろうが、あなたに指図される
    筋合いなんかない。」

 

⑤この場所が下品な場所ならいいんですけど!

 → 「ここがそんな場所なはずないじゃないですか。
    わたしが汚してるとでもいいたいんですか?」

 

はーい!

 

「はぁぁっ!!!!!????」

 

って思いますよね。笑

さらに潰してやって、打ち負かしたくなりますよね。笑

 

って、わたしはしたくなかったので、

フリーズ、シャッターガラガラ、シャットダウンを

して敵前逃亡していたのです。

人格欠落者、罪人のまま。

だからあとになってくっそー!なんですよね。

 

今回そう言われたとき、

ほぇ?って感じでした。笑

そもそも実行例じゃなくて

ただの概念や仕組みの解説のつもりだったから。

 

ビビる気持ちもありました。一瞬だけど。

人格否定・罪人決定され、嫌われたことに凹み、

相手を不快にさせたことに凹み。

凹むー!!!!!!ってその場でさっと感じ切りました。

したらなくなった。笑

日頃の感情と仲良しさんの成果!

 

で、冷静に③④⑤は関係ないと判断、

①②はなぜそう捉えたのだろう?と考えました。

考えた末、あ!ここのこの部分だけ切り取って、

そういうふうに捉えたんだ!

と見えて来ました。

 

うん!ここまさに一理ある!!!!

あざーっす!!!

華麗に罪人・人格否定をスルーして、

一理あるとこだけ訂正・解説。

ゆえに感情はフラット。笑

 

そしたら、わたしより、

すてきにわたしの言いたかったことを

表現する人のサポートが入って、

それを聞き、めっちゃぱっかーんきて、

さらにわたしの概念が広がったのでありました★

 

___

 

そうそう。

どうして人格否定や罪人判定をして攻撃するのかって、

相手が人格欠落者で罪人だってことになれば、

自分が正しいってことになるから

安心できるからなんだよね。

 

本当はね、ただ、

自分がわたしの言ったことが気に食わないだけなのに、

さも誰かの迷惑になるって前提で言うんだよね。

それに、人格否定や罪人扱いするのに、

「こんなこと言いたくないんだけど」とか、

「ひどい言い方だけど」とか付け加えるの。

 

自分が罪人になるの怖いの。

だから言いたいことも誰かのせいにして逃げ場を作る。

 

不安なんです。

自分が悪い人になるのが。

 

ただの指摘なのだから正々堂々といえばいいものの、

悪い人に思われたくないから正義感を振りかざす。

 

たぶんその人にとっては、

わたしの言うことは悪い人が言うことのように思えたのでしょう。

わたしはそのつもりは全然なくって、

その人が読み違えてるだけだったのだけど、

アドラー的に言うのなら、

その人はそう読み取りたかったというわけで。

 

ということからも、

悪い人になりたくない!と怯えて生きているのでしょう。

嫌われたくない!と怯えて、

シャットダウンしていた、前のわたしのように。

 

ということで。

わたし悪い人って思われることに抵抗なくなった。笑

嫌われることにも抵抗なくなっている♪

 

だってけっきょく、

ちっこいプライドだものね。

そんな自分になったら、恥ずかしい!っていう。

 

そこから抜けるとめっちゃ自由だよ!

 

いつの間にか、批判が怖くなくなっている自分に、

コングラッチュレーション!!!

と思った日なのでした(*´ω`*)