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猫みたいに生きようぜ◎

すずにゃ は じぶん を とりもどした !

【日記】人のことで頭をいっぱいにすること。

完全なる日記的。 心の仕組み的。

 

わたしね、最近外ばっかり見てたんです。

外?

それは自分の外側の人。

ようするに自分じゃない人。他人。

 

頭の中が他人のことでいっぱいだった。笑

 

他人のことでいっぱいにしたら、

自分のことを考えなくて済むから。

なんで自分のことを考えたくないかっていうと、

たぶん自分の存在が危うくなったんだろうな。笑

 

きっかけはわたしがもっと自由にしたらいいなと思った瞬間、

配慮が必要だという言う人や文字をみかけ、

急に気になりだしたのです。

配慮とはなんぞや?

どういうことを配慮したら心地いいのか?

そんなところから頭が一杯にになって、

実際に配慮の程度問題でこじれる現場に遭遇したり、

巻き込まれたり。

好意が別の意味で受け取られてしまったり、

本当はやることあるのに、

そのことで頭は占拠され、頭が痛くなりました。

 

でも、そういうのって「違うよー」のサイン。

元を正せば、配慮という言葉が気になり始めたことがきっかけ。

その理由は、自由でいる自分の存在への不信から。

 

本当は自由にしたらいいと知っているのに、

自由にすることが怖いから、

自由にすると存在意義がわからなくなるから、

自分のことを置いてけぼりにしたのです。

 

存在意義を他人で確認していたほうが、

存在意義がを確認できる。

その確認方法は役に立つこと。

役に立てなかったら立てなかったで、

それはそれで悩むことができる。

だからこんな現実を見せるのです。

 

自由でいるときの存在意義の確認方法なんて他に知らないから、

つい、使い慣れた方を使ってしまいます。

 

そもそも存在意義なんて、あってないもの。

きっとそれは「生きている」という実感のことかもしれない。

「生きている」実感。

わたしは何で感じたいのでしょうか。

 

まだそのことが見えないから、

こうして脇道にそれたのかも。

少なくとも、他人じゃないのははっきりしました。