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猫みたいに生きようぜ◎

すずにゃ は じぶん を とりもどした !

【質問分析】「おおかみこどもの雨と雪」の雪が大人しくなる事にモヤモヤする!を解説◎

解析シリーズ的。 男性性と女性性のおはなし的。

 

 LINE@に来た分析依頼です◎

 

すずにゃさんこんにちは。

突然ですが、おおかみこどもの雨と雪ってご覧になりましたか?
わたしあの話がどうも腑に落ちなくて、雪が人間の女の子っぽくなるにしたがって、どんどん大人しくなっていくのが、見ていて不愉快になります。そもそも女の子ってみんなそんな大人しくしてないし、とモヤモヤしますし、見ていて何か辛いです。
もしご覧になってたら、すずにゃさんはどう分析しますか?

Oさんより

 

はーい!

もちろん、見ましたよ! 

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映画「おおかみこどもの雨と雪」

 

わたしは雪に対しては特になにも感じなかったです。

初めの頃の花の方が、ハラハラしました。笑

 

虐待で通報されちゃうよー

はやく田舎に生きなよー

都会じゃ暮らしにくいよー

ってか自分ひとりで背負いすぎー

なんで人に聞かないんだよー

うまいこと頼ろうよー

 

っていう、この社会で生きていくために、

うまくいくよう、老婆心から。笑

親戚のおばさんですかww
おせっかいですかww

 

 

 

さて、雪と雨に対して、

その背景を分析してみたいと思います。

 

 

①雪が大人しくなった心理

 

活発だった雪は、

雨よりも先に社会に触れていくうちに、

「半分おおかみ」である自分が、

みんなと違うことを自覚し始めて、

みんなに合わせ、

それを隠して生きることを覚えます。

 

みんなと違うことは、

彼女にとって生きるか死ぬかにも値する。

特に感情が入ったときなどに、

おおかみになってしまうので、

おおかみにならないよう、

細心の注意をはらっています。

雪が大人しくなるのは自然の流れです。

 

それに付け加えて、

彼女の性別は「女の子」です。

いままで活発だった雪は、

自分はみんなと違うんだという意識の中に、

2つの要素を持つことになります。

 

・人間なのにおおかみであること
・女の子なのに男の子のようであること

 

雪が今まで好んでしてきた、おおかみの行動は、

人間社会では「男の子」の性質であり、

「女の子」がするものではない、

ということを知るのです。

 

◯「人間」と「女の子のような行動」
✕「おおかみ」と「男の子のような行動」

 

この縛りを、雪は選択したのです。

ありのままの自分自身を、

否定してしまっています。

きっと、女の子の定義も、

周りの女の子に合わせて、

雪は懸命に真似たのではないでしょうか。

 

一度こんな自分はダメだと✕を付けると、

ずっと隠し通さないといけなくなります。

「おおかみ」の自分

「男の子のような行動」をするの自分を。

 

獣のにおいがすると草平に言われたとき、

彼女は生きた心地がしなかったでしょう。

草平のしつこさに激昂してしまい、

相手を傷付けてしまったとき、

姿を見られたかもしれない。

 

「おおかみ」であり「男の子のような行動」をした自分を

いちばん責めていたのは

彼女自身だったのでは、と思います。

 

その事件後「もう終わりだ」と思った雪は、

学校に行かなくなります。

「おおかみ」「男の子のような行動」を

してしまったから、彼女にとっては、

死んだも同然になってしまったのです。

 

そこを草平が諦めずに手を差し伸べていきます。

おおかみと知りながらも、自分を受け入れてくれる存在...

まるで父のおおかみ男にとっての花のような存在が、

雪にできることになります。

 

彼女は、そこで再び

人間として生まれたのではないでしょうか。

自分に✕をつけていた

「おおかみ」「男の子のような行動をする」

そんな自分でも、

受け入れてくれる人がいることを知ったから。

 

 

②雨が強くなった心理 

 

雨も同じく、

◯「おおかみ」と「強いオス」
✕「人間」と「弱い男の子」

という縛りを選択しました。

 

人間社会にてなかなか溶け込めなかった雨。

学校にも行かず、

ある時、山の主のキツネの先生と出会い、

「おおかみ」として生きる術を学ぶうちに、

いままで人間の世界では見ることのなかった、

新しい世界...新しい自分を見ることとなります。

「おおかみ」で「強いオス」である自分に。

 

彼は、そこで再び

おおかみとして生まれたのではないでしょうか。

自分に✕をつけていた

「人間」「弱い男の子」

そんな自分でも、

受け入れてくれる世界があることを知ったから。

 

「人間」であり「弱い男の子」である自分を

いちばん責めていたのは、

雨自身だったのでしょう。

 

 

③誰にも共通する心理 

 

こういうことって誰にでも、

こころに抱いたことがあるのではないでしょうか。

おおかみじゃなくても。

 

「自分はここがみんなと違うみたいだ...」

 

幼少期、思春期、それぞれに、

まわりと違うんだ、という体験はあるはずです。

それに対してどう定義付けするかは本人次第ですが、

それを伸ばそうと思える子もいれば、

それは隠そうとすると思う子もいます。

 

その主な例が、雨であり、雪なのです。

 

みんなと違うところを、

雨は、人間社会を拒絶し、おおかみの世界で伸ばそうとした。

強いオスであることを受け入れた。

雪は、人間社会に適応し、人間の世界で隠そうとした。

女の子であることを受け入れた。

 

それぞれに

自分で方向性を選択し、

自分を受け入れてくれる世界を知って、

生きる居場所を決めています。

 

誰もが、いったん自分を否定し、

自分を受け入れてくれる場所を求めさまよう。

もしくは受け入れてもらうのを諦めて、

一人で生きて行こうとする。

 

おおかみ男も花も、

自分一人で誰にも頼らない方を選択した。

そんなふたりも、

自分を受け入れてくれる場所をようやく見つけた。

おおかみ男は花と雪と雨。

花はおおかみ男と雪と雨と里のみんな。

 

人生はそんな選択の連続で、

結局は、自分を受け入れてくれる場所を

求める旅なのだと思い知らされます。

 

 

④生物の男女の定義

 

雨は弱い人間の男の子から、

強いおおかみのオスへ。

雪は男の子のような行動をするおおかみから、

人間の女の子へ。

 

元々雨と雪は、

男の子なのに弱虫。

女の子のなのに活発。

一般的な男女の定義とは真逆のふたりでした。

 

それが、動物界で揉まれた雨、

人間界で揉まれた雪は、

それぞれがオスとして、

女の子として生きていくことになります。

 

きっと、動物界でも人間界でも、

自分の性別とその定義を

ぎゅっと思い知らされる時期というのがあるのだと、

わたしは思います。

 

本能として。時限装置のように。

 

いまはその性差がボーダレスになってきていますが、

基本的な段階として、

強く自覚する時期があるんじゃないかと思います。

 

雪が自分は普通の女の子と違うと思ったとき。

雨は自分は普通の男の子と違うと思ったとき。

(雨は人間であることの違和感のほうが大きかったでしょうが。)

 

男性で、女性の気持ちを持つ人は、

きっとその時期に疑問を持つだろうし、

男性であることを受け入れることができなくて、

心が女性であることに気付いたり、

そもそも性差が実感としてないという人もいるでしょう。

 

それまでは性差なんて感じてなかったのに、

時限装置みたいに、

強く意識する時期、そういうときに、

男女の定義を思いだす。

 

その後どうするかは、

その個人で変化してゆくのだろうけど、

雪は人間の女性であることを強く思い出した。

雨はおおかみのオスであることを強く思い出した。

 

それがいままでの彼らから

180度変えてしまったのではないでしょうか。

それほどまでに、

性差、というものは大きくて、

取る行動や目指す方向すら変えてしまうくらい、

分け隔てるものであると言えます。

 

 

⑤雪が人間の女の子になると大人しくなっていくのが、見ていて不愉快。女の子ってみんなそんな大人しくしてないし、見ていて何か辛い。

 

Oさんの感じたこと。

女の子はみんな大人しいわけじゃない。

たしかにそうですね。

みんなが大人しいわけじゃない。

 

雪が大人しくなったのは上記にある通り、

感情が高まるとおおかみになってしまうので、

おおかみとしてバレないよう、

大人しくしてる面があると思います。

 

時限装置のように人間の女の子ということを思い出したとき、

周りの女の子を真似して、

女の子を作ってきただろうから、

本来の彼女自身ではない面でもあります。

 

でも、その後の彼女を形成している

1つの面でもあると思うのです。

 

なので、物語上、

そんなに不自然なことではないと思うのですが、

きっと、Oさんは、雪が自分の個性を押し殺してるように

見えたのかもしれませんね。

推測ですが。

 

人間世界が作った、

女性としての枠にハマろうとしているように

見えるのかもしれません。

例えば「女性はおしとやかであるべき」のような。

 

イライラしたり不快に思ったりすることは、

自分が禁止していることですから、

Oさんはおとなしくなること...というよりは、

女性らしくすることを禁止してはいませんか?

そして、女性らしくない自分を責めている

 

勝手に女性らしくするの禁止!と縛りを決め、

女性らしくすると

ルール違反なので、罪悪感を感じ、

外を見るとみんな女性らしくしてるように見え、

女性らしくない自分を責める。

という壮大なひとりコント。爆

 

わたしでしたら、

花に対して人に頼れよーって非難しているので、

自分ひとりで行動することを禁止しているわけです。笑

そして自分ひとりでなにもできない自分を責めているわけです。

 

勝手にひとりで行動するの禁止!と縛りを決め、

ひとりで行動すると

ルール違反なので、罪悪感を感じ、

外を見るとみんなひとりで行動できてるように見え、

自分ひとりではなにもできない自分を責める。

という壮大なひとりコント。爆

(いまはなにも感じませんw)

 

ちなみに雪も雨もこのコントしてますね。笑

 

いかがでしょうか?

思い当たる節はありますか?

 

でも雪は不幸せなのだろうか?

とわたしは思います。

幼少期とは違う性質になっていますけど、

その後の雪を形成してしてきた一部。

自分のおおかみというコンプレックスも、

草平という自分を受け入れてくれる人ができ、

自分の居場所を見つけた。

 

おおかみでもいい。

女性らしくなくったっていい。

ひとりではなにも出来なくったっていい。

 

ほんとうは人間だし、

女性だし、

ひとりでできるし。

 

人生は、

そういう自分を見つけるための

長い長い旅。

 

 

 

ながくなりましたが、

人生は選択の連続。

自分を受け入れて貰える場所を求めて、

みんな居場所を探してる。

 

おおかみだから、

人間だから、

女の子だから、

男の子だから、

強い子だから、

弱い子だから、

みんなと違うから、

みんなと同じだから。

こーだから、

あーだから。

 

いろいろな枠があって、

その捉え方は多種多様。

その枠に入ることで、

人格と呼ばれるものなどが

形成されたりもする。

 

でも、それは向こうから

勝手にやってくるのではなく、

その方向性を決めているのは

自分しかいない。

 

そうして

いったん枠にとらわれるからこそ、

どんな自分であっても、

受け入れてくれる場所を求めて、

人生をすすめていく。

すすめていくうちに、

その枠から自由になる瞬間がやってくる。

生きていくとはこういうことだと思います。

 

おおかみだから。

人間だから。

女性だから。

男性だから。

だけではなくって、

自分の中にあるコンプレックスを、

どうやって解放してゆくか。

 

そういうふたつの方法を見せてくれている。 

そんな映画だと思います。

 

Oさん、以上がわたしの捉え方です!

いかがでしょうか?

またご質問ご感想くださいねー!

✧*。(ˊᗜˋ*)✧*。