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猫みたいに生きようぜ◎

すずにゃ は じぶん を とりもどした !

過去のネガティブ癖が訪れたときは、新しい視点を強化するチャンス。

自分軸アップデート的。 ダサい女100%的。 猫みたいにじぶんを生きる的。

 

今日はよく心の振れる日だ。笑

 

▼この記事の後日談。(当日中だけどw)

suzunya.hateblo.jp

 

わたしの中のお父さんお母さんである、

 

無条件の愛を持つ自己信頼感は、

 

わたしが許せないほど、

 

恥ずかしいことになったとしても、

 

「わたしの存在は
 彼らにとって特別で大切なもの」

 

と包んでくれます。

 

それだけで肯定されて、あたたかな愛に包まれます。

 

ああ、恥ずかしいことになってもいいや、大丈夫。

 

そんなふうに思えてきます。

 

 

 

けども、ふと魔が差したとき、

 

過去のクセが出てこようとするのです。

 

「人のアドバイスは聞いとかないとまずいよ」
「人の意見を聞かないと、頑固と批判されるよ」

「人の視えたものを信じないと失礼だよ」

 

わたしはかつて、人の意見ばかり聞いていました。

 

納得しているならともかく、

 

納得していないものも、自分に取り入れようとして。

 

視えたものというひとつの答えを教えてくれるので、

 

霊感占いにもハマりました。

 

その流れで、心理学もスピリチュアルも、

 

数秘術占星術も、

 

メソッドに自分を合わせようとしていました。

 

本当に伝えていた内容は、

 

メソッドに沿うような自分ではなく、

 

自分の中にあるものを引き出す方法なのに、

 

自分の中にあるものはガン無視で、

 

自分をメソッドや人の視えたものに合わせていました。

 

ずっと外に正解を探していたのです。

 

外から与えられるもののほうを信頼していた。

 

けど、よくならないし、変われません。

 

なにしろ自分をガン無視していますから。

 

 

 

その魔が差した時、

 

そのまま引きずられて帰って来れない、

 

な〜んてことはもうならないので、

 

ハッと気付いたのですが、

 

わたしに予言をくれた人に、
「わたしは信じません」
レッテルを貼ってしまうと、
その人が嘘つきになってしまう

 

という妙な遠慮が見えました。


「相手の意見を採用しなくてもいい」
「相手にネガティブレッテルを貼ってもいい」 

 

と心屋流に言ってみましたが、

 

イマイチ響かず。

 

これは相手への立場じゃないな、

 

と自分の立場のみに転換したら、

 

ドンピシャで涙がでました。

 

「わたしの感じたことを信じていい」
「わたしの意思を突き通していい」
「わたしの感覚を信頼してもいい」

 

号泣したあと、

 

なぜかほっこりにっこりしているわたしがいました。

 

わかっていることだったけど、

 

改めていいんだと肯定されて、

 

うれしい。うれしい。

 

わたしの感覚のままでいいのだ。
わたしが選択して決めていいのだ。
人に従わなくていいのだ!

 

ほんとうにうれしくてうれしくて。

 

 

 

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読者さんも急激に増えてきているのがとってもうれしいです。

 

わたしがわたしのために書いているのに、

 

共感していただいたりして、

 

些細なことなのだけど、

 

「わたしがわたしのために選択して、決めていい」

 

まるでそれでOKだよ〜と応援されているかのような、

 

そんなキモチになります。

 

ほんとうにありがとうございます◎

 

見つけてくれてありがとう。

 

訪れてくれてありがとう。

 

( ^ω^ )