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猫みたいに生きようぜ◎

すずにゃ は じぶん を とりもどした !

女性は男性に宝物のように扱ってほしいんだ。それが女性にとって大切にされるってこと。

 

10年ほど前、写真学校の初めて会ったエライ先生に、

 

パーティー時に頭を突然叩かれたことを思い出した。

 

ただテーブルに紙コップを置いて、お酒を注いでいただけ。 

 

なにも悪いことはしていない。

 

わけわからないまま、呆然としていたけども、

 

ほんとうは猛抗議したかった。

 

その場が白けてでも先生に謝って欲しかった。

 

女性に、生徒に、何もしてない人に、

 

突然手をあげるってどういうこと!!!と思った。

 

でもそれをグッと飲み込み、

 

ただただ立ち尽くした。

 

周りも同じように何も言えず、

 

何事もなかったかのように動き出したわたしを見て、

 

ほっとしたようで、その場はそれで終わった。

 

涙も出ず、悲鳴も出ず、感情も消していた。

 

 

 

わたしはずっと、そうやって、

 

そうされてもいいという許可をしていたのだ。

 

突然男性に叩かれてもいいですよ、と表明していたのだ。

 

周りの人も誰も抗議しなかったのは、

 

その程度の人間なので、

 

擁護不要ですって表明していたのだ。

 

本当は抵抗してよかったのに。

 

自分の悔しさや痛みよりも、

 

場の空気を選んだ。

 

場の空気よりも価値のない自分だと認識していたのだ。

 

 

 

いまそのことを思い出して、すごく腹ただしい。

 

悔しい気持ちになる。今からでも殴り返しに行きたいくらいだ。

 

当時我慢した自分が許せないだけなのだけど、

 

その先生のことは大嫌いだ。

 

わたしのレッテルでは、どんなエライ先生でも、

 

人としての品格を疑うただの酔っぱらいだ。

 

わたしがわたしの親ならば、

 

被害届け出すところまで考えると思う。

 

大切な人のことならば。

 

 

 

そうやって何十年も、

 

わたしは必ず、誰かのストレスの掃き溜めになっていた。

 

自分を大切にするとか本当にわからなかった。

 

本当は、抗議してよかったし、

 

相手と同じように暴れてよかったし、

 

自分の「嫌だ」という主張をする機会はたくさんあった。

 

でも飲み込んで来たのは、

 

本気で自分を大切にすることがわからなかったからだ。

 

相手の方が正しい、わたしに落ち度があったからだ、

 

そう思って来たからだ。

 

当然自分を大切にできないのだから、

 

人のことも本当の意味で大切にできない。

 

そうして、あまりにも生きづらすぎて、

 

心理の勉強をするようになって、

 

少しずつ自分を解放して自由になって、

 

いまは掃き溜めにされることはなくなり、

 

周りに大切にされているのかな?

 

大切にする、大切にされるってこういうことなのかな?

 

と思える状態にまで回復した。

 

けれど、まだ恋愛ではそういった習性がでてしまう。

 

その習性が出てしまって、こじれた。

 

▼一番ひっかかった件はこの記事にかかれている。

suzunya.hateblo.jp

 

もともと何も考えず、その時の感覚だけで、

 

「だいすき」と言ったことが始まりだ。

 

そのときは天真爛漫に表現しただけで、ただそれだけだった。

 

彼はわたしを知ろうとしてくれて、

 

大切にされるってこういうことなのか?と戸惑いながら、

 

それを受けていた。

 

それはそれで、すてきなことだったと思う。

 

 

 

けど、あるとき、

 

「すぐ他に好きな人ができちゃうかもしれないよ?」

 

と言われた。他にもいろいろと。

 

脅しのような、わたしから何かを引き出そうとしているような。

 

まだ相手からの気持ちはわからない状態で、

 

わたしは好きという弱みを握られている。

 

そしてわたしは自分に自信がなく、

 

存在価値を他者評価に依存している。

 

そこから導き出された反応は、体のフリーズ。

 

本当は「そういう言動はイヤ」という反応。

 

でもそれがなんなのかわからなくて、

 

絞り出すようにやっと出た言葉は「言いたくない」。

 

なぜだか体が硬直する。

 

なぜだかわからなくて混乱して、

 

とりあえず手っ取り早く目先の問題解決をしようと、

 

「元カノの話をしないで」と言ったら、

 

不機嫌にさせてしまい、自爆した。

 

このことは、自分の痛恨のミスだと思った。

 

 

 

あとになって、それはきっと相手の投げた言葉の中に

 

反応が硬直するようなものがあっただけ、

 

その反応を通過させて平気になれば大丈夫。

 

そんなことに動じる必要はないし、

 

動じないような見方ができたらいいんだ。

 

そんな風に考えて、その言葉になぜ反応したのかを

 

考えようとしなかった。

 

自分のことよりも、相手を擁護することばかり。

 

痛恨のミスをしたのは自分だから、

 

相手に嫌われないために、挽回しようとした。

 

 

  

ほんとうは、体はすでにわかっていたんだよね、

 

そういう扱い方はしてほしくないって。

 

ほんとうは、大切な大切な娘さんをお嫁に貰うときのように、

 

一国一城の姫を扱うように、

 

大切な宝物を取り扱うかのように、

 

そう接して欲しいって思ってたんだよね。

 

女性には備わっている、プリンセス願望。

 

ただの願望じゃなくって、女性の標準装備なんだと思う。

 

大切に扱って欲しい。

 

女性なら必ず持っている欲求だから、

 

粗末に扱われていると感じると、とても悲しいのです。

 

疑うなら、男性にどう扱われたいかを女性に聞いてごらん。

 

みんな姫のように扱ってほしいと言うから。

 

 

 

大切にされているという感覚は、

 

ここにあるのだと常に体は教えてくれていた。

 

そんな扱いはイヤ。

 

至極真っ当な要求なのに、それを拒否しないで来たから、

 

それにも気付けず、

 

だんだん心も麻痺してきて、

 

大切にされる概念も喪失し、

 

自分自ら粗末に扱い、粗末に扱われるようになってしまった。

 

頭で思うことと体の反応が一致していなくて、

 

頭優位になって、頭に体を合わせようとして、

 

ぐらぐら不安定になっていた。

 

今ならわかる。

 

うちの猫をぜひ欲しいと言っている人が、 
「飽きたら、すぐ他の人にあげちゃうかもしれないよ?」
って言ったら、絶対あげない。

 

そんな責任感のない人にあげない。渡さない。

 

そのくらいシンプルな理由。

 

同じようにそのくらいナメられていたと言うこと。

 

なのに「この人にもらっていただきたい」

 

って頭では思っていたということ。

 

おかしいよ、どう見ても。おかしいよ。

 

▼そうやってこの記事にあるように、
 やっと体感とともに、大切にされることの感覚を知った。

suzunya.hateblo.jp

 

 

 

やっとね、大切にされることがわかったんだ。

 

そしたら、彼のことはいらなくなったよ。

 

だってそんなに大切にされてないのがわかったし、

 

今彼からはなんにもしてこない。

 

彼からはなにも感じない。わたしの感覚は友達ですらない。

 

離れてから、わたしめっちゃくちゃハンター的男性脳だったから、

 

ふたりの間をなんとか改善しなきゃって奮闘して、

 

男性のお仕事奪ってたのもあるけども、

 

彼の中では粗末に扱うレベルのわたしでしかないんだよね。

 

いまは。

 

なので、わたしも、

 

それ相当に見ていればいいんじゃないと結論づいた。

 

まだ好きだと思っていたのは、

 

粗末に扱われたことを、なんとか取り返したいだけだった。

 

結局ひとつも納得してなくて、

 

むしろ傷付き、怒ってた。笑

 

もう、心理学とか投影とか潜在意識とか知らん。

 

相手の取り扱いや言動にも1ミクロンも納得してないし☆

 

どうぞそのままわたしに粗末扱いレッテルを貼っておいて☆

 

わたしもあなたに粗末扱いレッテル貼っとく♡

 

大切にされたいなら自分から相手を大切にしよう、

 

とかいう神々しいやつも知らない。笑

 

自分からそっぽ向いてる相手を大切にしようとしても

 

なにも響いて来ないなら、

 

ただ疲弊するだけだ。

 

むしろ天の岩戸のようにするよ。

 

だから、もうわたしからはなんもしない。

 

来たきゃそちらからどうぞw

 

でも1ミクロンも納得してないので、

 

わたしの好きを簡単に貰えるなんて思わないでね☆

 

お互い笑って話せたらいいね☆とか、

 

キレイゴトにまとめようとしてたけど、

 

それもいーやw

 

わたしを相当に扱わない人と笑って話せんわw

 

笑って話したければ、それ相当に取り扱いくださいませw

 

でもま、よほどのことがなければ、

 

結局笑って話すんだろうけど。笑(甘いw

 

 

 

この経験を通して、わたしの好きって本当に重要で貴重で、

 

簡単に差し出すものじゃないんだってことがわかった。

 

簡単に差し出すことは、男性はあぐらをかき、

 

自分で勝ち得た感もないから、扱いも雑になるし、

 

貰った猫すぐ人にあげちゃうくらい軽く扱うような男に成り下がる。

 

いいことは一つもなく、よくないことなんだなってこともわかった。

 

大切されるという感覚は、

 

わたしに判断基準を授けて、

 

男性の本質を目覚めさせ、

 

わたしを幸せにする舵となるのだと思う。

 

そしてわたしの幸せは男性のエネルギーとなる。

 

いま取り戻せて、ほんとうによかったなぁって思う。